「ボスコム谷の謎」(ドイル)

わずかな証拠からホームズが無罪を立証

「ボスコム谷の謎」
(ドイル/日暮雅通訳)
(「シャーロック・ホームズの冒険」)
 光文社文庫

「シャーロック・ホームズの冒険」

ボスコム谷で起きた
チャールズ・マッカーシー
殺害事件。
状況はすべて息子である
ジェイムズが犯人であることを
指し示していた。
しかし父子の隣人であり、
ジェイムズを愛するアリスは、
彼の無実を信じ、
ホームズに調査を求める…。

コナン・ドイル
シャーロック・ホームズ・シリーズの
4番目に発表された短篇作品です。
わずかな証拠からホームズが
無罪を立証する小気味よさが魅力です。

〔主要登場人物〕
シャーロック・ホームズ

…探偵コンサルタント。
「わたし」(ジョン・H・ワトスン)
…語り手。医師(元軍医)。
 彼の仕事に同行する。
レストレード
…スコットランド・ヤードの警部。
チャールズ・マッカーシー
…殺害された男。
 農場を借りて経営している。
ジェイムズ・マッカーシー
…チャールズの一人息子。
 父親殺しの嫌疑をかけられ拘束。
ジョン・ターナー
…ヘレンフォード州ロスの
 一番の大地主。
 マッカーシーに農場を貸している。
 病のため寿命が尽きようとしている。
アリス・ターナー
…ジョンの一人娘。
 ジェイムズを愛している。
ペイシェンス・モラン
…マッカーシー父子が言い争って
 いるのを目撃した十四歳の少女。

今日のオススメ!

本作品の味わいどころ①
プロファイリング的観察

多くのホームズ作品に
共通していることではありますが、
本作品でもホームズの
プロファイリングが冴え渡ります。
冒頭では、妻を得たワトスンの
寝室の窓が右側に付いていることを
指摘し、彼を驚かせます。
その思考術を整理すると
以下のようになります。
(観察した事実)
ワトスンの髭剃りが、
顔の左に行くほど雑になっている
→ワトスンは几帳面な男であり、
 原因があるはず
→左側は光がよく当たらず
 見えにくかったのだろう
→この時期は朝の外光を使うはず
→右側から光が差し込み、
 左側には十分当たっていない
→窓は右側に付いている

たった一つのことからすべてを見通す。
冷静に考えればこじつけとも空想癖とも
思えるのですが、ホームズが語ると
「さもありなん」と思わせるのですから、
作者ドイルの筆の説得力は
たいしたものです。
そこまで見抜きながら、新婚さんの
寝室の窓の位置を指摘することが、
妙な誤解を与えかねないということには
まったく無頓着であり、
そこがホームズらしいところでしょう。

本作品の味わいどころ②
ホームズの合理主義捜査

ホームズが必要と考えていた「捜査」は、
「現場検証」と「容疑者への接見」の
二つのみ。
ホームズとワトスンの二人が
ロスの町に着いたのは夕方四時。
時間は限られています。
ホームズはどちらを優先させたのか?
実は「接見」を最優先させ、
「現場検証」は翌日へ回しています。
その理由は…「気圧が高いから」。
まるでNHKの
「○○ちゃんに叱られる!」の
解答のようですが、つまりは
「気圧が高い」→「雨は降らない」
→「現場は明日までもつだろう」と
いうことなのです。
この合理主義的捜査。
これがホームズです。

その現場検証も、
数種類ある足跡を丹念により分け、
犯人がのこしたとおぼしきものを抽出、
その結果、
「背が高く、左ききで、右足が悪い。
 底の分厚い首領用の靴を履き、
 グレイの外套を着て、
 ホルダーを使って
 インド産葉巻を吸い、
 ポケットに刃先の鈍った
 ペンナイフを忍ばせている男」

見抜くのです。
ここでも徹底したプロファイリングを
見せるのです。

本作品の味わいどころ③
人情味ある決着の付け方

これもホームズ作品の
いくつかに見られることなのですが、
決着の付け方が粋で人情味があります。
犯罪者の事情をくみとり、
警察にはあえて突き出さず、
かつ無実の罪で捕らえられている人間を
確実に救出する、
そうした見事な決着方法を、
本作品でも提案するのです。
これがホームズらしいところです。

こうして見てみると、
ホームズ作品が愛される理由は、
ホームズの人物像によるところが
大きいのでしょう。
トリックの奇怪さや犯罪者の異常さを
クローズアップさせるよりも、
主役であるホームズの魅力を
最大限に拡大して提示する、
ドイルの作品づくりの基本方針が
素敵なのです。

世界中にファンを持つ
名探偵シャーロック・ホームズの魅力を
しっかりと味わえる作品です。
まだホームズに接していないあなた、
いかがですか。

〔「シャーロック・ホームズの冒険」〕
ボヘミアの醜聞
赤毛組合
花婿の正体
ボスコム谷の謎
オレンジの種五つ
唇のねじれた男
青いガーネット
まだらの紐
技師の親指
独身の貴族
緑柱石の宝冠
ぶな屋敷
注釈/解説
エッセイ「私のホームズ」小林章夫

〔関連記事:ホームズ・シリーズ〕

〔光文社文庫:ホームズ・シリーズ〕
「緋色の研究」
「四つの署名」
「シャーロック・ホームズの冒険」
「シャーロック・ホームズの回想」
「バスカヴィル家の犬」
「シャーロック・ホームズの生還」
「恐怖の谷」
「シャーロック・ホームズ最後の挨拶」
「シャーロック・ホームズの事件簿」
ホームズ・シリーズは
いろいろな出版社から
新訳が登場しています。
私はこの光文社文庫版が一番好きです。

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